コクリバ 【完】
あと5メートルで反対側に着くという赤いラインを下に見た時に、何かが足に当たった。
びっくりして立ち上がると肩甲骨の辺りに衝撃を感じて前につんのめって倒れると思った時、後ろから腰を引かれた。

「っ、悪い」
背後からした声は吉岡ので
「痛い」
たいして痛くもないのに、そう叫んでた。

吉岡の左腕に支えられている。

「緒方が遅いからだろ」
「は?吉岡が前見てないからでしょ」

声が大きくなるのは周りがうるさいからだけじゃない。

吉岡はすぐに離れて先の壁まで歩いて行く。
私も口を尖らせながら後に続いた。

壁に背をつきゴーグルを外すと、真っ青な空と一段と大きな入道雲がゆっくりと形を変えていくのが見える。

「ぶっ」
「なに?」
「おまえ……パンダみてぇ」

そう言って笑った吉岡の笑顔が、まだ仲が良かった時と同じだったから
「パンダはないっ」
嬉しくなる。

ゴーグルを外した吉岡は、やっぱりあの頃のように笑っていて、
「ん?」
不意にこっちを向くから慌てて空を見た。

「さ、最近どう?」
「なんだよ。そのおばさんみたいな聞き方」
「おばさんって……じゃ、もう聞いてやんないし」
「聞かれなくてもいいし」
「バスケはどうなの、ってことだよ。レギュラーなれそうなの?」
「おまえ、誰に向かってその質問してんの。なれるに決まってんだろ」
「そう言って天狗になってる奴は、なれないんだよ」
「最近、見に来てないだろ」
「…うん」
「来いよ」

吉岡はなんでもないつもりで言ってんだろうけど、ドキリとする。

「ぶ、部活が忙しいから……」
「美術部が?」
「うん。私、モデルなの」
「はぁ?」
「モデルだよ。美少女モデル」
「あー。おまえ、まだ熱あんな」
「ほんとだって。美術部の部長の市原先輩に頼まれたんだよ。すごくない?」
「なんで?」
「それは…やっぱり、あれで……」
「緒方」
「うん」
「おまえさ……」
「うん。なに?」
「……」

一瞬、重なった視線。
鳴りやまない蝉の声。

何を言うつもりなんだろう。
ドキドキしたら吉岡は私から空へと視線を移した。
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