コクリバ 【完】
横幅1メートル以上もある大きなキャンパス、その中心に淡い色調に包まれて少女がいる。
少女は白い布から今にも出ようとしている格好で、少女が見ている空間には光が散っていた。
これから、今まさに、女になろうとしている瞬間の美しさが、先輩の得意な繊細で切ないタッチで描かれている。
私の右斜め後ろから描かれているそれは、私の右耳と右頬しか見えていないから、モデルが私だということは分かりにくい。
白い肩が艶めかしくもあり、頬の朱色と黒髪が幼さを際立たせていた。

―――……

しばらく動けなかった。

「先輩……すごいです」

やっとの思いで口から出た感想はたったそれだけで、
感じたことの10分の1も、いや100分の1も伝えられない。

「ありがとう。奈々ちゃんのおかげだよ」

市原先輩は絵の中の少女を見ながらそう言った。

「先輩……」

前に、市原先輩は苦しい恋をしているんだろうと思ったことがあったけど、この時確信した。

先輩はその少女のことを描きたかったんだ。
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