コクリバ 【完】
「奈々。おまえ、もう少し自覚しろよ」
「……」

いつの間にか解放されてた右手首。

先輩が本気で怒っている。
その迫力は想像以上で、私の指先は震えていた。
なんとかその怒りを鎮めたいとは思うけど、胸がドキドキとうるさくて言葉なんて何も浮かばなかった。

再び美術室に静寂が戻った。

おもむろに立ち上がる高木先輩。
見上げると何の感情もその目に映さずに私を見下ろしている。

「バイト戻る」

誰に言うともなく高木先輩がそう告げて背を向ける。

「あ…あの、先輩。ごめんなさい」

私の声に反応して立ち止まった高木先輩にもう一度謝った。

ゆっくりと高木先輩が振り返り、無言で私を見るから、
「私が好きなのは高木先輩だけです」と言葉にはできなかったけど、目で伝えようと必死だった。

だけど、先輩は私から視線を外した。
伝わらなかったらしい。

「おい、サトル。いつまで奈々にこんな格好させる気だ?」
「……」
「サトル!」

高木先輩が声を荒げたけど、市原先輩は私たちの方なんて見てなくて、窓の外を見て、左手の爪を噛んでいた。

「おい!サトル!」
「あ?あぁ。なんだ」
「いつまで奈々はこんな格好なんだって聞いたんだよ」
「あぁ、奈々ちゃんね」

市原先輩が私を見る。
今まで何度も何時間も見つめられていたのに、この時の市原先輩の目はこれまでに見たこともないような冷たい目で……

「セイヤ。俺との約束覚えてるか?」
「なんだよ。突然。どの約束だよ」
「奈々ちゃんが処女のままでモデルになるっていう……」
「したか?そんな約束」
「したよ。で、どうなんだよ」

市川先輩が一言話す度にその声がどんどん低くなっていく。
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