コクリバ 【完】
『羽化』
先輩の絵にはそんな題名が付けられていた。

周りの人たちも、市原先輩の絵を褒めていたように思う。

「高校生が描いたとは思えない」
「完成度が高い」
「筆の運びが繊細だ」

本当の凄さはそんなことじゃない気がする。
この絵にはもっと深い感情が込められている。

そのことに気付いたのは前で見ていた人が他所に行った時だった。
―――違和感の一番の原因、それは…

少女の肩、首寄りのところに紅い色があった。
それはたまたま間違えて紅い色がついてしまったというより……どう見てもキスマーク、

女になった証だ。

足元が揺れた。
紅い跡は、そこに描かれているのが少女ではないってことで。
以前の絵が少女が女になる寸前の美しさを描き出していたとしたら、入賞したこの絵は女になった瞬間の切なさを表していると思った。

更に小さな小さな黒い点が太ももの内側に描いてある。
私のホクロがある位置に……

私は立っていることができなくなった。
ぐらりと身体が揺れたと思ったら、床に手をついていた。
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