コクリバ 【完】
いつもなら9時を過ぎるかどうかっていう時間にかかってくる先輩からの電話が、まだ8時前なのにかかってきた。
携帯のディスプレイに表示されてるのは“公衆電話”の文字。
高木先以外あり得ない―――

どうしよう
なんて言おう
市原先輩が勝手に……
ううん、それだと先輩の友達を悪く言うことになる。

あれは私じゃないんです
だったら、あのホクロはどう説明する
市原先輩に見られてしまっている事実がある
「自覚が足りない」と、また怒られるかもしれない

でも高木先輩は知らないかもしれない。
私のホクロの存在に気付いてないかもしれない。
それよりも市原先輩の絵を見ないかもしれない。
だったら自分から事を荒立てなくても……

答えが出ないまま、携帯の通話のボタンに人差し指を置いた。
あとは力を入れるだけなのに……

人差し指に力が入らない―――


数秒間、機械音を響かせたあと、携帯は静かになった。

ハッと気付いて、通話ボタンを押したけど、聞こえてくるのは‟ツー”という通話が切れた音。

―――高木先輩からの電話に出なかった。

すぐに出れば良かった。
なにやってたんだろう。

だけど切れてしまった電話は静かな物体で、さっきまで私の世界の全てだった物とは別物のように思える。

携帯を見つめると、ハートのストラップが揺れている。

もう一度かかってきますように……
もう一度かかってきたら、すぐに出よう。

何を言うかは出てから考えよう。
怒られてもいいから正直に伝えよう。
怒られても、睨まれても、私は市原先輩とは何もないと信じてもらわなくちゃいけない。

携帯を握りしめ、ずっと待っていた。
もう一度掛けてくれることをずっと願っていた。

だけどその日、私の携帯が再び震えることはなかった。


やってしまったことの重大さに気付くのは、そんな先の話じゃなかった。
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