コクリバ 【完】
それが私だと知れるのには少し時間がかかった。
その間しばらくは平和だった。

だけど一部にバレたと感じてから、広まるまではあっという間。
3階の端にある私の教室まで、堂々と3年生が見に来た。

「市原の女ってどいつ?」
はっきりとそう聞かれたこともあった。

教室移動の時には、
「ほら、あの子が……」
他のクラスの子にも指を指されるようになった。

同じクラスの子たちからも、距離を置かれた。

「おはよう、吉岡」
「……」
吉岡でさえ、目も合わせてくれなくなった。

胸が苦しい。
お腹が痛い。

だんだん教室にいるのが苦痛になってきた。

市原先輩の携帯に何度も電話をかけているけど、一度も電話に出てはくれない。

始めのうちは受賞して忙しいのかと思っていたけど、着信履歴だってたくさん残っているだろうに電話をかけ直してくれないというのはそういうことだと諦めた。

市原先輩に捨てられたんだ。

ヤるだけヤってポイと捨てられたような気分。
ヤってはいないけど、もっと心の深いところで理解し合えていると思っていた。
市原先輩に絶対の信頼を抱いていた分、裏切られたという現実を直視できなかった。

それでも高木先輩が信じてくれるのなら、誰に何を言われようとも平気だと、まるで蜘蛛の糸にすがるような気持ちで携帯を握りしめていた。

だけど、あの日以来、高木先輩からの電話はかかってこない……

今日はかかってくる。
今日こそかかってくる……

一日に何度も携帯をチェックした。
でも、1回も公衆電話の文字を見ることはなかった。
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