コクリバ 【完】
隣りで絢香が何かを叫んでいたような気がする……よくは覚えていない。

もう一度高木先輩が振り向いてくれないかと思ってずっと見ていたけど、先輩の姿はそのまま廊下の角を曲がって消えていった。

もう、あの微笑みを見ることはないのだろうか
もう、あの手に触れることはないのだろうか

高木先輩―――

声にならない叫びが喉を締め付け

「…うっ、ううっ……」

口から洩れた音を片手で塞ぎ、その場に座り込んだ。


「奈々ちゃん、絢香ちゃん。ここは人目につくから場所を変えて話そう」

背後から市原先輩がそう言った気がする。
絢香に支えられて教室棟の裏手まで行ったらしい、気が付くと伸び放題の草に囲まれていた。

「奈々ちゃん、こんなことになってごめんね。大丈夫?」
「大丈夫な訳ないじゃないですか。奈々は教室にもいられないんですよ」

張り裂けそうな心で立っている私の代わりに、絢香が言いたいことを言ってくれた。

「そうなの?ごめん。俺もまさかこんな大きなことになるとは思わなくて…本当にごめんね」
「……」

市原先輩が両手を合わせる姿が、芝居がかっているように見える。

「でもさ、俺の彼女っていうことにしといた方がいいと思うんだ」

え?

何を言い出してるの?
そんなことにした覚えなんて一度もない。

怪訝な顔をした私たちに市原先輩は考えながら話し出した。

「奈々ちゃんが綺麗だからね、君を抱きたいと思ってる奴らがいるんだよ」
「はぁ?」

見なくても分かる、そう言った絢香の眉間にはシワが入ってただろう。
私もそうだから……

「悪いのは俺だよ。それは分かってる。俺の描いた絵でそう思う奴らが出てきたってことなんだけど……奈々ちゃんを守りたいんだ。俺の彼女ってことにしといたら、簡単には手は出せないだろ?」
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