コクリバ 【完】
何か大事な物を忘れていた気がする。
本をパタンと閉じて公園のベンチから立ち上がり、
その足で私が向かったのは…
「いらっしゃいませー。今日はどうされますか?」
「カットで…」
いつか行きたいと思っていた美容院。
「どのくらい切りますか?」
「このモデルさんみたいに」
「……いいんですか?」
私が指していたのはヘアカタログにあった一番短い髪のモデルさん。
さすがにそこまでは…と言われたけど、鎖骨付近で揃えていた髪はジョキジョキ切られて、あっという間に耳まで出したショートヘアになった。
「すごくお似合いですよ」
と、満面の笑みで言われたけど、吹きだしそうなくらい幼い顔の私がいた。
それでも頭が軽くなると気分まで軽くなった気がする。
失恋して髪を切るなんて、かなりベタだと分かってる。
でも、何かを変えたかったんだと思う。
実際、気分も軽くなると、身体もアクティブになる。
「っさぶっ……」
ガラスの扉を勢いよく開けて外に出て、開口一番口にしたのはその言葉。
真冬にショートヘアにするなんて、自殺行為。
冷たい風が容赦なく後頭部から耳の後ろを撫でて行く。
パーカーのフードを被り、首元を抑えながら、自宅まで走った。
そんな格好で走ってる自分が可笑しくて笑顔になってしまったけど。
自宅に戻ると母と兄が目を真ん丸にして口を開けたまま固まった。
変なとこが似ていてやっぱり親子だ。
「似合うじゃない」
母は笑っていた。
「でも、寒いんだよねー」
「マフラーでもすれば大丈夫よ」
「えー。あれ子供っぽいからやだなー」
「贅沢言うな」
そう言った兄も笑っていた。
その日の夜、父の手には有名ブランドのマフラーがあった。
心配をかけていたんだと後悔した。
もう逃げるのは辞める。
「お母さん。私、やりたいことがあるんだけど…」
前を向いて歩こう。