コクリバ 【完】
「俺ね、好きな女がいたんだよ」

一際小さくつぶやかれたその声を聞き逃さなかった。

「一つ学年は上だけど、頼りない感じで、いっつも心配だった」
「……」
「俺が中2で美里が3年の時に、付き合うことになった。どちらから告ったとかもなくて、二人でいることが自然だったから。本当にあいつといると楽しかった」
「……」
「美里が先に卒業して、この高校に入った時に、あいつは何を思ったかバスケ部のマネージャーになったんだ。俺が一年後に入るだろうからって…やめとけ、って言ったのに、俺が入ってからでもいいって言ったのに、あいつは和也さんがいたバスケ部のマネージャーになった……」

「…え?」

それまでの雰囲気から一変、市原先輩の眉間にはシワが寄っていた。

「和也さんに相当気に入られてたらしい…」

「……」

胸がドキドキする。
この先は聞いちゃいけないような気がして……

「だけど、美里は断ってたって、他の人から聞いた。当然だよな、俺と付き合ってるんだから……」

「…先輩…」

市原先輩がギリギリと唇を噛んでいる。

「一年後、和也さんが卒業して、俺が入学してきた。俺は何も知らず浮かれてたよ。また美里と同じとこに通えるって……セイヤとはインターハイに出ようなって……当然、俺たちはバスケ部に入ったよ。何も知らないから、和也さんと美里の関係なんて全く気が付いてなかったんだ!」

ドンっと鈍い音を立てて、先輩が机を殴った。
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