コクリバ 【完】
ヒザが震え、自力では立っていられなくて、机にもたれた。


いつかの、高木先輩の声がする

  「俺じゃない、兄貴だ…」

いつだった?
何の話だった?

そうだ、誰かを寝取ったって噂で……

  「誰に聞いた?」
  「その友達が誰かは聞いてないんだな?」

友達の彼女を寝取ったって噂話を……

  「真実じゃないと否定しろ!」

―――真実だったんだ。

ただ寝取ったのは、高木先輩のお兄さん。

寝取られたのは、高木先輩の親友……


喉の奥がギュッと詰まって痛い。
市原先輩に、何て声をかけたらいいのか分からない。

「最初はそんなつもり無かったんだ。ただ、俺の前で二度とその言葉を口にしてほしくなくて、ちょっとだけ困らせようと思った」
「……」

「でも、あの絵が嘘っぽく思えてきてね。偽善っていうか、欺瞞っていうか……もうあの絵に何も魅力を感じなくなったんだ」
「……」
「描く気力が無くなったんだよ。だから、変えた。テーマを。処女から処女喪失に……」

「じゃぁ……」

指が震えている。
だけど、これは寒いからじゃなくて……
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