コクリバ 【完】
「おかえりー」
母の嬉しそうな声と、

「おう」
リビングのドアを開けた兄に、

「ただいま」
、まるで昨日もそう言ったかのように当り前に答えた。

誰かに「ただいま」を言う生活が一瞬で甦ってくる。


「お昼は、そうめんでいい?」
「うん」

私が答える前から用意されていたようで、食卓には既に薬味が置かれている。

他のがいい、なんて言ったらどうなるんだろう……

「元気でやってたか?」
兄も食卓の方へ来て、横に座った。

この人の過保護も昔と変わらない。

「初めて担任になった。子供たちめっちゃ可愛いよ」
「そっか」

にやりと笑った兄も、今では教師。

私が高校を卒業するときに、兄も大学を卒業したから、同じタイミングで一人暮らしを始めている。

父はみんなが出て行くことに反対していたけど

「奈々。智之がね、彼女がいるらしいんだけど、あんた知らない?」

母が出来上がったそうめんを持って席についた。
兄はあからさまにイヤな顔をしている。

「そうなの?」
イヤそうな顔に気付かないフリして聞いてやった。

「さぁな」
母の視線は無視して、兄がそうめんを食べ始める。

「いるね」
母を見ると、母も黙って頷く。

「同じ高校だったらしいんだけどね」
「高校の頃からの彼女?聞いたことないな」
「高校の頃からではなさそうよ。あの頃はバスケ馬鹿だったし」
「卒業してから?」
「たぶん」
「同窓会とかかな?」
「大学時代からっぽいの」

「あー!うるさい!」
兄がやっとこっちを見た。

「誰?」
ニヤニヤして聞いてみると、

「おまえこそ、大学生の彼氏はどうしたんだよ」
なんで知ってるんだと思う情報をバラされた。
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