コクリバ 【完】
若干、残念。

「おはようございます」

低い寝ぼけ声でも霧の中では大きすぎる。

「奈々先生も早いですね」

洋祐先生の声も低い。

「習慣ですね。それより霧がすごいですね」
「霧が出ると晴れると言いますからね。今日も暑いかもですよ」
「あ、洋祐先生。また敬語になってますね」
「はは…こっちの方が楽みたいです」
「ふふ…そうですか」
「奈々先生、楽しそうですね」
「こんな霧が初めてで……ちょっと…考え事を……」
「どんな?」

タイムスリップとか言える訳ない。頭の痛い人だと思われる……

「いろいろとです」
「……谷のことですか?」
「え?谷さん?」
「すっかり良い雰囲気でしたね」

洋祐先生の眼鏡の奥の瞳がよく見えない。

「他に話す相手がいなかったんです……」

言い訳してるみたいだと思ったけど、

「行きましょうか?」

洋祐先生は何事もなかったように霧に向かって歩き出した。

「一緒にいいですか?」
「もちろん。奈々先生こそ私でいいんですか?」
「……」
「……」
「……やけに突っかかりますね」
「はい。嫉妬してましたから……」

即答に、笑いそうになった。
洋祐先生に嫉妬とか似合わない。

「そうですか」

だから軽い感じで返してみた。語尾に音符マークがつくような感じで

「信じてないでしょ?」
「はいはい。信じてますよ」
「……」

笑いながら言った言葉は少し悪ノリし過ぎたかもしれない。

足元ばかりを見ていたせいか、その時立ち止まっていた洋祐先生に気付かないで、思いっきり腕にぶつかってしまった。

「すみません」

慌てて離れようとしたら、腕を取られた。

「本気ですよ」

顔を上げると、間近に洋祐先生の真剣な目。
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