コクリバ 【完】
私が足を止めると、それに気付いた洋祐先生も止まった。

「帰ります」
「……」

上手い言い訳なんていくらでも言えたはずなのに、直球で断っている。

洋祐先生からの視線を感じてうつむくと、ジャリ、という音がして洋祐先生が近付いた気配がした。

「あの、いろいろやりかけのまま出てきちゃったし……それに、これ以上ご迷惑をおかけするのもどうかな……とか、寒くなってきたし、そろそろ……ね?」

何の“ね”だろう。

浮いた笑顔のまま一歩退いた。

洋祐先生がフッと表情を緩めて、私から視線を逸らし、

「分かった。今日は諦めます」

男らしい声でそう言ったから、ホッとした。




「今日はありがとうございました」

駅の南口、階段下の待ち合わせてたところまで戻って来て、改めて洋祐先生にお礼を言うと、

「家まで送るよ」

予想してなかったことを言われた。

「ここからすぐですから大丈夫です」

頑なに拒否しても、

「だったらここでも家でも一緒でしょ」

そう言うと洋祐先生が私の家の方へ歩き出した。

家への道を知ってとも不思議だったけど、家まで送ってもらったら今度は私の家に寄ると言い出さないかと、余計な心配もしてしまう。


だけど、それは本当に余計な心配だった。

駅からすぐの自宅アパートはちょっとした丘の上にあって、一般道から20メートル程の坂を上ると、うちのアパートとその駐車場だけがある。

その坂道の下で立ち止まり、改めてお礼を言うと、洋祐先生はそのまま後ろを向いて、立ち去った。

「……」

勿体ないことをしたような気分になった。

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