コクリバ 【完】
「……」

まるで先月のことでも話すかのような先輩の口調。

あれからもう6年も経つのに……
なんで今頃……

「市原のことだ。覚えてるだろ?おまえの、美術部の部長の……」
「……」

そんなことで固まってんじゃない。

「俺は、おまえが裏切ってて…それでもどこかで違うかもしれないと……」
「言いました!」

あなたはこの6年、何も感じてなかったんですか?

「は?」
「言いました。言おうとしてました。でも聞いてくれなかったじゃないですか」
「……」
「誤解だって。違うんだって。ずっとずっと言おうとしてたのに、聞いてくれなかったじゃないですか」

私こそ、もう何年も経つのに、声が荒くなる。

「電話番号教えただろ?」
「はぁ?教えてもらってません。私には教えてくれてませんでした」

橘先輩には教えてましたけどね。

「吉岡に教えただろ。俺らが卒業するちょっと前に……吉岡が俺の番号聞いてきたから…おまえが知りたがってたんじゃないのかよ」
「え?吉岡に?」
「おまえが知りたがってると思ったから吉岡に教えたのに、おまえは何の連絡も寄こさなかっただろ。じゃ、なんで聞いてきた?」
「っ!聞いてません」
「……違うのか?」
「吉岡は、私のために聞いてくれたんだと思います。でも私は吉岡から教えてもらいませんでした」
「じゃ……」
「高木先輩の番号は、今でも知りません」

ピクリと先輩の左の眉が動いた。

あの頃、どれだけ先輩の携帯番号が知りたかったか
この人は解ってない。
どれだけ先輩に話を聞いてほしかったか……

少しの沈黙のあと、ゆっくりと珈琲に口を付けた先輩の口元が上がっていた。

「……久しぶりに呼ばれたな。先輩って……」

そう言うと、耳たぶを右手で引っ張っている。

先輩の照れた時のクセ―――

そのクセが懐かしい。


先輩が照れている……


それが解る自分が悔しい。
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