コクリバ 【完】
「私の?」

「忘れられない人?」

えーーーー!
マスター、本人の前でそれを言っちゃダメでしょ。

先輩を見ると驚いたように目を見開いていて

「ちがっ。そ。それは、ずっと前の……」

上手い誤魔化し方も浮かばす、ただオロオロしてしまう。

「あ、ごめん。言っちゃまずかった?」

マスターの機嫌の良さそうな声。
絶対わざとだ。

マスターを睨むと、嬉しそうに立ち去っていった。

「……」
「……」
「……」
「奈々。顔、あげろよ」
「無理です」

絶対、顔赤いから。

「おまえの周りは良い奴が多いな」
「そうですか?」
「あぁ……おまえの兄貴もな」
「兄は良い人ではないですよ」
「俺に、おまえのことを教えたのは、緒方さんだぞ」
「え?」

いつしか窓の外は陽が沈み始めていた。

「昨日、初めてOB会に参加してきた。そしたら緒方さんが話があるって……卒業して何年も経つのに、やっぱ2コ上の先輩はこえーな。おまえの兄貴だしな」

先輩がもうなくなりかけた珈琲に口をつける。

「何の話だったんですか?」
「は?おまえのことに決まってんだろ。シングルマザーになりたいらしいな」
「えっ」
「あと不倫はやめておけ」
「不倫?誰が?」
「やっぱ不倫はしてないんだな」
「してないですよ!」
「あんま兄貴に心配かけんなよ」
「……」

クソ兄貴!高木先輩に何を吹き込んでんだか……

「おまえの携帯番号も、住んでるところも、緒方さんが教えてくれた」
「携帯番号は変わってません」
「そうだな」
「まだ登録してたんですか?」
「……あぁ」
「……」

小さく呟かれた言葉に、頬が熱くなる。

「夏にかけた時は、もう変えたのかと思ったけどな……」
「かかってきてませんよ」
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