コクリバ 【完】
『だったらおまえ今日は帰って来い』

「なんで?」

『いいから。高木と一緒じゃないんだったら帰って来い』

「無理。明後日からの用意もあるし……」

『じゃ、俺が行ってやる』

その向こうで母の声が『私も行く』と言っている声が聞える。

「いいよ。そんな。わざわざ来る必要ないって。何も怒られるようなことしてないから……」

そう言うけど兄は聞き入れず、帰る道の途中だからと強引に訪ねてくることを了承させられた。
どうせシングルマザーになると言ったことについて、聞かれるんだろうけど……

夕方近くになって、家のインターホンが鳴った。
重い腰を上げてドアを開けると、兄が一人で立っていた。

「お母さんは?」

「置いてきた」

「なんで?」

「おまえとゆっくり話ができないからだろ」

唯一の味方がいなくなり、孤独な戦いになることを覚悟した。

兄は勝手にどんどん中に入って来て、部屋をざっと見渡している。

「あんまり見ないでよ。コーヒーでいい?」

「いいから座れ」

兄は既に小さなダイニングテーブルに陣取っていた。

それを無視してゆっくりコーヒーを淹れて、私も戦いの席についた。
< 429 / 571 >

この作品をシェア

pagetop