コクリバ 【完】
高木先輩が私の肩から上着を取って出て行った。

まだ胸がドキドキしている。

市原先輩は、何も言わなかった。
でもすぐに鉛筆の音が聞こえてきたから、デッサンを再開したんだと思う。

ポーズも何もつけていないのに、
シーツのシワもぐしゃぐしゃなのに、
市原先輩は何も言わずにデッサンを続けている。

美術室には鉛筆の音しか聞こえない。
だんだんドキドキが治まってくると、さっきの出来事は夢なのかと思えてきた。

私が、高木先輩と付き合ってるなんて
なんで高木先輩がそんなこと言い出したのか分からない。
もしかして、モデルを辞めさせるためについた嘘とか

それと、今日、送ってくれるというのは本気なんだろうか。
信じて待っていたら、冗談に決まってるだろ、って……そんなオチいやだ。

だんだん緊張してきた。

どうしたらいいんだろう……

でももし本当なら、高木先輩と話してみたい気もする。

「奈々ちゃん、高木のことが好きなんだね」
不意に市原先輩の声が聞こえてきた。

「そ…そんなことないです…」

市原先輩の口元が優しげに上がった。

「さっきと全然表情が違う。俺もそんな目で見られたかったよ」

そんなこと言いながらもデッサンの手は止まらない。

「良い顔だよ。奈々ちゃん、泣き顔が似合うね」

ギクっとした。
心臓が無遠慮に掴まれたみたいに……

先輩はその顔に薄く笑みを浮かべているけど、それが逆に怖い。

「大丈夫だよ。誰にも言わないから……」

市原先輩のその声にも反応できなかった。
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