コクリバ 【完】
可愛いと思った。
絢香の頬がほんのり赤くなっているし、オサムッチも地面ばかり見ている。

これって、決定的だよね。

心の中で絢香に祝福のエールを送っていた時、
「言いたくなかったら、別にいいから……」
久しぶりに聞いた、吉岡の声。

どこか怒っているかのようなその声に不安になる。

そう言えば、CDはどうなったんだろう。
高木先輩は吉岡に返したんだろうか。
やっぱり失礼なことだったと後悔した。
だから怒っているのかもしれない。

「駅前のシティホテルの511号室……に、いる」
答えたのは絢香。

何かに期待して、絢香はオサムッチに自分の居場所を告げたんだ。

だけど高木先輩は私がいたことに気付いてたのに、無視したってことになる。
なのに居場所を教えるなんて……なんで知りたいんだろう。

「何やってるんだ!」
突然響く兄の声。
すっかり見えなくなっていたOB軍団から、兄が走って戻ってきていた。

あっという間に私たちの前に出た兄は眉間にくっきりシワを寄せて、
「なんだ、おまえら一年か?」
吉岡とオサムッチを睨みつけている。

「同じクラスだからちょっと話してただけだよ。もう行くところだったの」

こんな時は過保護な兄が恥ずかしい。

吉岡達との挨拶もそこそこに兄に追い立てられるように歩き出し、兄は私たちの後ろを歩いた。
それに気付いた中山さんも後ろにやってきた。
菊池義人は、後ろにつこうとして、ともちゃんの隣りをさりげなく歩いた。

いろんな不安が私の中でぐちゃぐちゃと混ざり合っている。

ただ、一つ分かるのは、
今夜、誰かが、何かあるだろう……ということ。

嵐の前の静けさみたいに、私たちは無言で宿泊先まで移動した。
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