太陽が愛を照らす(短編集)
揺れる
「ご家族の仕事の都合で、小林くんが宮城県に引っ越すことになりました」
朝のホームルームで、さつき先生が言った。
「ほら、小林くん」
先生にぽんと背中をたたかれ、小林は「お元気で」とぼそぼそと、小さく唇を動かして言った。教室は一瞬静まり返ったけど、小林からの言葉が終わった途端にあちこちでひそひそ話が聞こえてくる。
「宮城ってどこ?」
「ばーか、ほらあの、マンゴーとかあるとこ」
「へえ、いいなー、マンゴー」
「食べ放題じゃんね」
「ほーら静かにして。マンゴーで有名なのは九州の宮崎県。宮城は東北」
先生が注意すると、みんなは地理が苦手なクラスメイトたちを指差して笑ったから、一気に教室はにぎやかになった。でもこのホームルームの主役であるはずのやつは、俯いたままくすりともしなかった。
小林、と言われても、俺はそいつのことをあまり思い出せない。地味で暗くて、たまに話かけてもほとんど喋らなくて。休み時間はいつも本を読んでいるか俯いているかいつの間にかいないかのどれか。みんなの話のネタにすらならない、まるで空気のようなやつだった。
でも小林が転校して行ってすぐ、教室はあいつの話で持ち切りだった。内容は「さつき先生と小林はできていて、それがばれたから転校して行った」なんてものだった。
そんな話は嘘だとすぐ分かる。それよりも、内容はどうあれ初めて小林が話の中心になったのに、本人はもうこの教室にいないという事実のほうが気になった。