太陽が愛を照らす(短編集)
さつき先生は嬉しいような寂しいような複雑な表情をしていたけれど、俺が名前を呼ぶと、すぐに笑みを浮かべて顔を上げた。
「もうひとつ聞いていい?」
「うん?」
「俺と、噂になる気、ない?」
言うとさつき先生はこてんと首を傾げる。
「そんなの許されないでしょう」
「そう?」
「そうだよ。また学年主任に呼び出されちゃう」
「先生の気持ちは?」
「え?」
「俺は、さつき先生の気持ちをさつき先生の口から聞かないと、信じないよ」
「ふふ、そうだったね」
窓から雪崩れ込んできた風で、先生の髪が揺れた。
それに見惚れてしまわないよう気を張って、じっと先生の言葉を待つ。
「高校生との恋愛なんてスリル満点なこと、わたしにはできないよ」
先生は静かに、そう言った。
「好きか嫌いか、男として見れるか見れないかを聞いてるんだよ」
「好きか嫌いかで言ったら、好きよ」
「うん」
「寺田くんを男として見れるか見れないかで言ったら……」
その妙な間は、俺に期待感を持たせた。
「高校生相手じゃあ、先生犯罪者になっちゃうよ」
だから答えを聞いても、素直に信じることなんてできなかった。
「見れるか見れないかで聞いてるのに」
「うん……。そう、だよね……」
さつき先生にしては歯切れが悪い。これじゃあもうイエスと言っているようなものだ。
だから俺は、悩むさつき先生に歩み寄って、腕を引いた。
今までより強い風が吹いて、白いカーテンが靡く。
そのカーテンに隠れて、俺と先生が抱き合っている姿なんて、外からは見えないだろう。
「て、寺田くん……」
「じゃあさ、俺が高校卒業して、ハタチ超えたら、先生は素直に頷いてくれる?」
「それは……」
「頷いてくれるんだよね」
先生は答えなかった。答えないまま俺のシャツをぎゅっと握って、大きく息を吸い込み、吐いた。
それだけで充分肯定だった。
「あーあ。高校生との恋愛なんてスリル満点なこと今しか味わえないのに。勿体ない」
「わたしくらいの年になるとね、そんなにスリルは求めなくなるの」
「大人だね」
「でも、ホラー映画とかお化け屋敷とかは大好き」
「俺との恋愛をホラー映画やお化け屋敷と一緒にしないでほしいけどなあ」
「どきどきするって意味では同じだと思うけど」
それを聞いて笑って、俺はさつき先生の細い肩と腰をさらに強く抱き寄せた。
「確かにどきどき感は一緒かもね」
「吊り橋効果とか」
「それね」
でもこの胸の高鳴りは、誰かに見られるかもしれないというどきどきじゃないはずだ。俺も、さつき先生も、きっと同じ気持ちでいるからこそのどきどきだ。スリルと幸福が順番にやって来て、それを噛みしめるように目を閉じた。
「さつき先生」
「ん?」
「いつか一緒に小林に会いに行こうよ」
「ん、そうだね。きっと小林くん喜ぶよ」
「あと驚くね」
「さつき先生」
「うん」
「成人するまで、あと二年。待っててよ」
「ん……」
そんな会話をしながら、俺とさつき先生は、しばらく揺れるカーテンの中で抱き合っていた。
(了)