太陽が愛を照らす(短編集)
「コウはさあ」
「おまえの部屋さあ」
なんだよ。今わたしが話そうとしていたのに。遮るなよ。
むすっとしてバスタオル男に目をやると、やつはぼんやりと部屋を見回してこう続ける。
「いつ来ても生活感ないよなあ」
果たしてそれは、わたしの言葉を遮ってまで言うことだったのだろうか。
「悪かったね、可愛い小物とか花柄のカーテンとかなくて」
「一応褒めたんだけど」
そうは思えない。
「いいじゃん、居心地いいよ。片付いてて。飯もうまいし、タオルもいいにおいだし」
「はいはい、お世辞言ってもベッドはわたしのものだからね」
ベッドはわたしのものだけど、クッションとタオルケットは貸し出そうと、それらを床に投げ置いた。
「綺麗好きで料理上手なのに、なんでおまえ彼氏と長続きしないの?」
ばくん、と。心臓が鳴った。
なんで彼氏と長続きしないかなんて、理由はひとつしかない。
自嘲気味に笑って、コウの寝床を完成させたのち、彼を見上げる。
「じゃあコウがわたしの彼氏になれば?」
言うと、やつはきょとんとしてわたしを見たあと、あははと笑った。
「今の彼女と別れたら、少しくらい考えてやってもいいかな」
そんなこと。別れる気がないから言えるんだ。わたしのことなんて、はなから眼中にない。一緒に居過ぎて眼中に入らないなんて。笑えない笑い話だ。
「ああ、どこかに良い男転がってないかなあ」
「あはは。転がってたら誰も苦労しねえよ」
好きだ。コウが好きだ。彼氏ができて今度こそはってたくさん愛を伝えていても、結局コウの顔が浮かんですぐに別れてしまうくらい、好きだ。
怒った顔も、笑った顔も、泣いている顔も、困った顔も、寝顔も。あははという嘘っぽい笑い声も。朝無精髭を生やして、いつもより低い声でおはようを言うのも。わたしが作った料理をおいしそうに食べている姿も。会社帰りのスーツ姿も。わたしの部屋に置きっぱなしになっている襟首だるんだるんのTシャツ姿も。一緒にテレビを見ていて同じタイミングで笑った時に振り向いた間抜け面も。お酒を飲むと泣き上戸になって愚痴を言うところも。
全部、全部、大好きだ。
「絶対良い男捕まえてやる」
「まあ精々がんばれよ」
「見てろよ、馬鹿コウ」
障害は大きければ大きいほどいい。例えば、好きな男には彼女がいて、奪い取るのは困難だ、とか。
でもその障害は予想よりもずっと大きくて、わたしはもう何年も、満たされない生活を送っているのだけれど。
どうしてこんなことになってしまったのか。どこで道を間違えたのか。
今のわたしではそのハードルは高すぎて、越えることも、むしろハードルを見つけることすらできないのだ。
(了)