太陽が愛を照らす(短編集)
スポーツバーのカウンター席に秋人はいた。ジョッキを持ったまま突っ伏してぴくりとも動かない。その背中が驚くほど格好悪くて、ちょっと引いた。
わたしに気付いた店長が、お迎え来たぞ、と秋人の肩をたたく。
ううう、と唸って顔を上げたと思ったら、途端に持ったままだったジョッキのビールをぐびりと飲み干した。
「迎えなんていらないっすよお」
ひっくとしゃっくりをしながら、店長に追加のビールを要求している。この状態でまだ飲む気か。
「もう飲まないほうがいぞ」
「飲みたい気分なんす、店長も一緒に飲みましょうよう」
「いや、俺仕事中」
ため息が出る。ビールが好きなやつだとは承知している。酔うと面倒なやつだってことも。でも、なんだってこんなに飲んでいるんだ。一人で。店長に絡みながら。
「店長、俺の愚痴聞いてくださいよお。あいつ……。あいつのせいで俺テンションだだ下がりなんすからあ」
「ああ、うんうん」
店長は困ったようにちらりとわたしを見て、座るように促す。
秋人はまだわたしの存在に気付いていないようだから隣に座るわけにもいかず、空いていたすぐ後ろのテーブル席に腰を下ろした。
店長が、ほらビール、と言ってカウンターに置いたジョッキを、水だと気付かずにがぶ飲みするほど酔っているらしい。
「いつかはこうなるって分かってたんすよ、ひっく、でもいざその時がくると、げふ、ヤな感じっすね」
しゃっくりとゲップが間に入ったせいで、シリアスな語りが台無しだった。でも「あいつ」絡みで「テンションだた下がり」らしい。
店長はうんうんと相槌を打ちながら、わたしにソフトドリンクを持って来てくれた。会釈をしてそれを受け取り、酔っ払いの言葉に耳を傾ける。
「あいつと男女の関係になるなんて俺じゃあ想像もできないし、ならなくてもいいんだけど、ずっと一緒なんだろうなって思ってたんすよ、げふ……」
二度目のゲップと共にビールという名の水を飲み干し、今にも消え入りそうな声で秋人は「エリのばーか」と呟いたのだった。
背後にいるわたしに気付いたのかと思ったけど、店長今日のビール薄いっすよお、と愉快な声を出したから、まだ気付いていないらしい。ていうかそれ水だから。色やにおいで気付け馬鹿。
いや、そんなことよりも。今の話の流れで、どうしてわたしの名前が出るんだ。「あいつ」と「ずっと一緒だと思ってた」という発言のすぐあとに。
心臓が、ばくんと鳴った。
「秋人、もう分かったから今日は帰れ。迎え、後ろでずっと待ってるぞ」
店長に言われ、けらけら笑いながらようやく振り向いた秋人は、わたしを見て硬直した。
「な、んでおまえがいるんだよ」
「店長に電話もらって……」
「おまえは俺の母ちゃんかよ。迎えなんていらねえのに……」
わたしがここに来た理由なんて、もうどうでもいい。母ちゃんだろうがなんでもいい。それよりも。そんなことよりも。
「今の話、どういう意味なの?」
「い、今の話って?」
さっきから、ばくんばくんと心臓がうるさい。
鈍いほうではないと思う。だから話の流れ上、多分、そういうことなのだろう。
秋人は今まで見たこともないような慌てた表情をし、目線をきょろきょろとさ迷わせたあと、顔を真っ赤にし、そして、床にばたりと倒れ込んだ。限界だったらしい。