太陽が愛を照らす(短編集)
不確かなものなど
「おまえ……」
開いたドアの向こうに立っていたのは、不機嫌な顔をした涼介だった。一瞬にして折れそうになった心を必死に抑え込んで「えへ、来ちゃった」と笑顔を作る。
大学の同期で、就職しても定期的にふたりで飲みに行く仲だった涼介と、なんやかんやあって一夜を共にしたのが一年前の話。なんやかんやでその関係は続き、会うときは必ずベッドに入った。
ただしお互い「好きだよ」「愛してるよ」の言葉はない。つまり身体だけの関係だった。
でも学生時代から仲が良かったことは間違いないし、わたしはずっと涼介に恋をしていたから、このままでも良いと思った。涼介と一緒にいられるのなら、それで。
それなのに、急に涼介からの連絡が途絶えて二ヶ月。
今まではお互いどんなに仕事が忙しくても、二週に一度は飲みに行っていたのに、いくら連絡を入れても、涼介からの返事はない。
ああ、わたしはもう用無しなんだ、とも思ったけれど、我慢できなかった。会いたかった。わたしはこの一年で、ますます涼介への想いを募らせていたのだから。
柄にもなく押しかけ女房というものをやってみたら、呆れた顔をしつつも涼介は、部屋に招き入れてくれた。
「で?」
もう就寝間近だったのか、スウェット姿でワックスのついていないさらさらの髪をした涼介は、どかっと床に座って、面倒臭そうに、扉の前に立つわたしに目を向ける。
思わず「え?」と問い返すと「俺明日も早いんだけど」と、先手を取られてしまった。
ただ元気でいるのか確かめて、他愛のない雑談をして、あわよくばそのままベッドになだれ込めればなあ、なんて思っていたけれど、この雰囲気ではそれは不可能に近い。
「俺明日も仕事早いんだけど」
「あ……ごめん……」
「……」
「……」
まずい。これわたし完全に空気が読めない女だ。これはもう早々に帰ったほうがいいかもしれない。そしてもう二度と来ないほうがいいかもしれない。完全に振られた。
それが分かってしまったから、視線を合わせないまま「ごめん、帰るね」と踵を返す。
「はあ? 用があるから来たんじゃねえの?」
「や、うん、そうなんだけど……」
「なら早く話せよ」
「でも涼介、明日早いんでしょ?」
「だから早く話して帰れよ」
「……」
まずい。今のは。「早く話して帰れよ」は、正直ずしんときた。
「ん、なんか……連絡取れなかったから、元気かなって思って。元気そうだね。だから、帰るね……」
「七海」
振り返らないままリビングを出て真っ直ぐ玄関に向かう。
だめだ。可能性はない。所詮これは、身体だけの関係だったんだ。
「七海、だから待てって」
追いかけてきた涼介に腕を掴まれたけれど、今にも泣き出してしまいそうな顔を見られたくなくて、腕を振って拒む。
でも力が強くて振りほどける気がしなかった。
「やだ……ごめん、離して……」
「俺の話も聞け」
ぐい、と。掴まれた腕を引かれて、見上げると、眉根を寄せた涼介の顔。
涼介はわたしの顔を見て一瞬固まり、バツが悪そうに口を尖らせた。
「七海、あのな」
涼介が何かを言いかけた、その時だった。
部屋の灯りが、突然消えた。
一瞬にして涼介の顔が見えなくなって、部屋は暗闇に包まれる。
掴まれた腕だけが、やけに熱かった。