ここで息をする
あちこちにある水溜まりの水面が、降り注ぐ大粒の水滴によって揺らされていた。その様をぼんやりと眺めていたけど、やがてグラウンドの脇に存在している水色のそれに気付いてしまい、一瞬顔がしかむ。
「……プール、か」
グラウンドの脇。フェンスに囲まれた、長方形の鮮やかな水色のプールがあった。
よほどの悪天候や水温と気温が低くない限り、水泳部は屋外プールで活動する。経験上そのことを知っていたから今日の雨なら泳いでいてもおかしくないと思ったけど、水泳部の活動がもともと休みなのか、はたまた別の場所で別メニューをこなしているのか、グラウンドと同様にそこに人の姿はなかった。
……雨の日に泳ぐの、嫌いじゃなかったな。
雨粒が波紋を作るプールを見ていたら、ふいに意識が過去に引き付けられてしまった。
雨に打たれながら泳ぐという、晴れの日とは違う独特な感覚を身体が思い出して、それに懐かしさすら覚えた。
全身を包み込む水と背中に落ちるイレギュラーな滴の感触、水面を叩く雨の音。
身体に染み付いている感覚が、私の心を揺さぶるように甦ってくる。
……水泳をやめたのは、ちょうど1年前の梅雨の時期。
大好きだった水泳。でも泳げば泳ぐほど、いつしかあの水の世界で泳ぐことに息苦しさを感じるようになってしまった。
それはまるで合図だった。あの場所にこれ以上居てはいけないと、溺れかけていた心が訴えてきたSOS。
だから、手放した。息苦しいあの場所から逃げて、遠ざけた。
息苦しさにやられてしまわないように、自己防衛のために。
……それなのに、どうしてだろう。
頭の中で考えることとは真逆に、手放したものを取り戻せと言わんばかりに身体が疼いて仕方がない。まるであの場所を求めているみたいに、瞳は一度捉えたそれを放そうとしなかった。