ここで息をする


――『好きなことに真剣に向き合いたいって思ってるから』


映画出演の誘いを断ろうとしていた私に、高坂先輩が懸命に伝えてきた言葉を思い出す。

彼はその言葉の通り、好きなことに真正面から向き合っている。そう思わされるほど、部活に打ち込む先輩の姿は自分が好きなことに素直だった。


「部活のときはいつもあんな感じで人一倍張り切ってるし、あれだけ好きなことに熱中出来るのってすごいよね! そういうの、ちょっと羨ましいかも」


羨ましいと言った田中さんの声は、純粋に敬っている感じだった。様子を探るようにちらりと隣を確認すると、真っ直ぐ前を見たままの横顔が目に入る。まるでお宝の在り処を示す地図を発見したみたいに、喜びとき煌めきが含まれた表情だ。

はっきりと言葉にはしなかったけど、先輩みたいになりたいと言っているように聞こえた。私も無言で、それに同意するように頷く。

高坂先輩の熱い思いは、時にはこうやって周りの人を引き付けて巻き込むすごいパワーを持っているみたいだ。人を突き動かす、スイッチのようなもの。

その不思議な力に導かれたのは、田中さんだけじゃない。私にも思い当たる節があったからこそ、余計にそう思えた。


それから田中さんと好きな映画などの他愛ない話をしたあとは、ずっと台本に目を通していた。

次に撮るシーンは、日に日に自信を失っていく“ハル”を“コウ”が気に掛ける場面。メインの二人が接触する場面なだけに、台詞はさっきまでよりも多い。

一応暗記はしたつもりだけど何度もミスを繰り返した前例があるだけに、どの場面でも気が抜けない。さっきの泳ぎのシーンの撮影で苦労した分、さらに気を張って台詞を確認していた。


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