ここで息をする
「……あ、そういえば嶋田さんって、水泳経験者なんだってね! 今日撮ってるとき泳ぐの上手いなーって思ってたんだけど、それ知ってすごく納得しちゃった」
次の撮影開始の時間が近付いてきた頃、ふと田中さんが思い出したようにそんなことを言ってきた。突然思いがけないことを言われたものだから、呟いて復唱していた台詞がすとんと頭から抜け落ちてしまった。
「私、水泳経験者って言ったっけ……?」
たぶん、ていうか、絶対言ってない。真紀と季里にだって、わざわざ言う必要もないと思ってプールの授業中でも話したことないのだから。
どうして、と田中さんに疑問の表情を向けると、あっけらかんとした声で返された。
「高坂先輩から聞いたんだよ。撮影中にあたしが嶋田さんを見て泳ぐの上手いなぁって言ったら、波瑠は水泳やってたからなって言ってんだけど……もしかして、違った?」
「……う、ううん、合ってるよ」
「やっぱりそうなんだね! 嶋田さん、ほんと泳ぐの上手かったよ! 水泳に詳しくないあたしにも、上手いって分かるぐらい!」
「そう……かな、ありがとう」
褒めてくれる田中さんを直視出来なくて、私は台本を見る振りをして俯いた。上手いって言われたらもっと喜ぶべきなのかもしれない。でも、今の私にはその言葉は少しつらかった。
上手くなんてないよ。ちっとも自分が思った通りに泳げていないし、撮影の後半は泳げば泳ぐほど自分の泳ぎ方を見失ったように息苦しさに見舞われていたのだから。
今日も授業で泳いでいるときと同じように、水中に居ると徐々にトラウマに吸い寄せられるように息苦しさを感じていた。
無我夢中で泳いでいた姿は、きっと“ハル”と同じだっただろう。疲れと息苦しさから逃れるように泳いでいた私と、自信を失い幼馴染みへ抱いてしまった劣等感を振り切るように泳ぐ“ハル”は、きっと似ている。