ここで息をする
まるで魚になったように、水の中に居ることが当たり前のように、水の世界に馴染んで一体となるように泳いでいる時間が心地良い。いつもそう感じていたような気がする。
――ああ、そうだった。
この感じだ。私が求めていたものは。
好きなように……自分を取り巻く物差しのことなんて一切頭に入れずに、水と自由に戯れるようにその世界で過ごす時間が、何よりも好きだった。水の世界こそが私の居場所だと信じて疑わなかった。
好きな世界で好きなように泳いで、心で息をしている時間が、私にも確かにあったんだ。これからもそれは変わらないと、ずっと信じていたのに……。
自分が思い描いているようにも、周りの人達のようにも上手く泳げない時間を経験していくうちに、もうずっと、そんなたった一つの大切な自分の思いさえ私の目には映らなくなってしまっていたんだ。
徐々に侵食してくる息苦しさにやられて嫌いになってしまう可能性を恐れるぐらい、本当は何よりも、泳ぐことが好きだというのに――。
「……る、波瑠……!」
泳いでいた身体から余分な力が抜けていくような安らかさを感じていると、誰かに呼ばれたような気がした。それに辿り着こうと、心地良い水の中からゆっくり浮上するように水底に足をついて顔を上げる。
「……っ、はぁっ、はぁ、先輩……?」
ゴーグルを外して前方を見る。いつの間にかレーンの端で立ち止まっていたらしい高坂先輩がこちらを見ていた。
呼びましたかと尋ねようとしていた私に、急いだ様子で水を押し退けながら歩み寄ってくる。その顔は何故か、興奮したように紅潮していた。
きょとんとしているうちに目の前に先輩が来て、勢いよく両肩を掴まれながら顔を覗き込まれる。素肌の肩を包む大きな手のひらの温もりと眼前に広がる嬉々とした表情に、意味が分からないまま驚いて心臓が跳ねた。