ここで息をする
軽く動揺しているのを隠すように俯く。瞼の裏では、先輩の目に映っていたらしい今の自分の姿とあの頃の自分の姿が重なり合うようにちらついていた。
そしてふと、重大なことに気付く。
「……あれ……?」
恐る恐る探るように、喉元に手を当てた。唾を飲み込んで喉を上下させても何かが詰まっているような違和感はなく、呼吸もちっとも乱れていない。
いつもならそろそろ息苦しくなってもおかしくないぐらい泳いだあとだというのに、私を悩ませるあの息苦しさに襲われていなかった。喉も、心も、苦しさを感じずに正常に息をしている。
むしろ、喜びで震えていることに気付いた。息苦しさに囚われることなく久しぶりに思うままに泳げた実感が今になって湧き出てきて、じわりと胸の奥が熱くなるのを感じた。
とくとくと波打つ鼓動の調べは、高揚感に溢れている。
「……そっか。私、泳いでて楽しかったんだ」
私の中にあったらしい“泳ぐ楽しさを思い出すハル”に似た部分に、問いかけるように呟いた。
息苦しさにばかり気を取られてずっと見失っていたけど、楽しいと感じる心は、まだ生きていたんだ。
たった少しの距離だったけれど、確かに私はさっきの短い時間の中、先輩が言うように私らしい姿で泳げていたのだろう。まだ不完全ではあるけど、自分が望んでいるような泳ぎで。
懐かしい感情を味わった心が浮いたように軽くなるのを感じると、固まっていた口角が自ずと上がった。
「やっと笑ったな」
「え?」
肩に乗っていた大きな手のひらが消えた。そしてすぐに、私の緩んだ頬に温もりが移動する。
驚く暇もないぐらい自然な動作で、先輩の両手が私の顔を包むように触れていた。親指が確かめるように口角をなぞり、その感触に一瞬息が止まるかと思うほど胸中がざわついた。