ここで息をする
……でも、これ以上何を言うというのだろう。ちゃんと謝ったし、二人とも怪我をしたわけでもない。
初対面の私に、一体何の用事が……。
あまりにも真っ直ぐ向けられている視線に、さっきから募り始めていた気恥ずかしさがそろそろ限界を迎えようとしていた。胸の奥がむずむずする。
なかなか口を開かない相手にいっそこっちから切り出してしまおうかと考えていると、やっと先輩が呟くように薄く唇を開いた。
「……あのさ――」
「あれ、瑛介(えいすけ)。こんなところで何固まってるんだ?」
でも、ただでさえ周りの喧騒に埋もれてしまいそうだったか細い声は、先輩の後ろから飛び込んできた声に覆い被されて最後まで聞くことは叶わなかった。
「……ああ、航平(こうへい)か。この子とちょっとぶつかって、謝ってたとこだよ」
出鼻をくじかれて一瞬顔をしかめたものの、先輩はすぐに振り返る。予想はしていたことだけど、さっきの声は目の前の彼にかけられたものだったらしい。
その声の主からは高身長の先輩の影に隠れている私が見えていなかったようで、それで不思議そうに声をかけてきたみたいだ。
目の前の彼は立ち位置を変えて、自分の背後から来た人物に私の姿を見せながら事情を話している。
私はというと、完全に立ち去るタイミングを見失ってしまっていた。
だって、さっき割り込んできた落ち着いた低い声と歩み寄ってくる航平と呼ばれた人物の姿は、私がよく知っているもので……。
嫌な偶然に、ぐっと胸が苦しくなる。せっかく先輩の真っ直ぐな瞳から解放されたというのに、また動けずに固まってしまった。
「あ、そうだったのか。その子の姿見えてなかったから何やってるんだと思って……って、えっ」
先輩から話を聞いて納得したように頷きながら、その人物は初めてまともに私の姿を確認した。