ここで息をする
「波瑠……」
ようやく私に気付いた彼……航平くんは、奇遇な出会いに驚いた表情で固まってしまった。それからすぐに、気まずそうに瞳が揺らぐ。
肩にかけていたボストン型の黒いスイミングバッグをさりげなく広い背中に隠したつもりだろうけど、逆に必要ない動きだったから変に目立ってしまっていた。
気を遣わせている。
不器用な優しさがなすその行動に、心の中で苦笑した。顔に出せば、余計に航平くんは気にしてしまうだろうから。
「……航平くん、久しぶりだね!」
大きく息を吸って意を決すると、努めて明るく、笑顔を心がけながら口を開いた。
お互いの間を流れるブランクを含んだ気まずい空気を、分かっていないし感じてもいない。そんな単純で鈍感な、お気楽な性格を装って。
「……久しぶり、だな。元気だったか?」
「うん。元気だよ」
校内で何度かすれ違ったり姿を見かけることならあったけど、航平くんとこうして向き合って話すのは本当に久しぶりだった。
直接会話した機会は、1年前からほんの一握りに過ぎない。この高校に入学してからは、これが初めて。連絡を取ったのも、私がこの学校の入試に合格したことを報告した義務的なものが最後。
私が出来るだけ関わらないようにしていたし、放っておいてほしいと私が醸し出すオーラを汲み取った航平くんも気遣ってそっとしておいてくれたから。
だけどいくら関わらないように意図して避けていても、顔を見合わせたあとに無視することは出来なくて。
こうして珍しく会うと、いつも「久しぶり」や「元気だったか?」とかお決まりのやりとりを、ぎこちないよそよそしさを纏わせながら取り繕っていた。