ここで息をする
Scene1 呼吸の仕方
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「嶋田(しまだ)、高校生活はどうだ? 慣れたか?」
教室中央の机の二つを向かい合わせにくっつけて、黒板側の席に担任の三浦(みうら)先生が座る。
そして私がもう片方の席に着くと、先生は世間話をするように、何気ない明るさを伴った声でそう尋ねてきた。
空一面を覆う灰色の雲の層が大粒の雨を落とし始め、正午過ぎに梅雨入りが発表されたその日の放課後。
高校に入学して初めての個人面談のために、雨音だけが静かに響く教室に先生と二人きりで残っていた。
「どうって言われても……。普通、ですかね。慣れることには慣れました」
「そうか、普通か。まあ、新しい環境に慣れるってことは大事だからな。今の生活が普通だって感じられるぐらい馴染んでるなら、それはいいことだ」
淡々と適当に答えた私の言葉に、三浦先生は大真面目な顔にほんのりと笑みを含めて褒めるようにそう言った。
その際、机の上に肘をつきながら少し身を乗り出してくる。距離を詰めようとするその勢いに気圧された。
真っ直ぐ向き合おうとしてくる瞳は、何だか心の奥まで勝手に覗き込んできそうだった。触れてほしくないことにも触れようとしてくる気配がする。
それが嫌で逃げるように咄嗟に視線を落とすと、机の上に置かれていたものが目に入った。
私の名前が記されている1学期中間考査の成績表。
さっさとそれを渡して話を終わらせてほしいのに、その数字からは分からない範囲の私の高校生活の様子を細かく探るように、先生は問いかけを続けた。
最初に普通だと答えたけれど、どうやらあの答えだけでは先生は満足しなかったようで、この面談からはまだ解放してもらえないようだ。