ここで息をする
下調べに抜かりがない先輩に脱帽する一方で、どうしたものかと頭を抱える。ばれた嘘を誤魔化せたらよかったけど、あいにく何も手段が思い付かない。
それに悔しいことに、何を言っても見抜かれてしまうんじゃないかと思えた。見透かすような、ひたむきな目に。
「何で、泳げないなんて嘘つくんだ? そんなにやりたくねえのか?」
私の断りを受け入れなかったくせにそんなことを聞いてくる。ちゃんと断ってるんだからさっさと諦めてくれ、と念じながら先輩に向ける目をつり上げた。
「……そうですよ。私にはその役をやるなんて無理だから、嘘までついてるんです!」
自棄気味に語調を強める。でもそれぐらいでは、先輩は驚くことも戸惑うこともなかった。渦巻く感情に翻弄されて一人興奮する私をじっと見ながら、冷静に口を開く。
「何で、無理なんて言えるんだ? やってみなきゃ分からねーだろ」
「……そんなの、他人に対してだから言える都合のいい言葉です。無理かどうかなんて、自分のことならやる前から分かります」
「ふーん、そう。俺にはそれが、都合のいい逃げる言い訳に聞こえるけどな」
先輩は腕を組んで私を見据える。私の胸の内を覗いてすべてを知り、その上で煽っているような目だった。
先輩の言葉はぐさりと私の痛いところを突いているだけに、すぐさま反論する言葉がない。悔しさで膝の上の手を握り締めた。
……知ってるよ。自分が逃げてることぐらい。
あのときも今も、泳いで息苦しくなることを恐れて逃げているんだ。でも、それしか弱虫な自分を守れる方法がない。自ら好きな世界を手放すのが、精一杯なんだ。
「おまえさ、好きだって思うものとかあるか?」
黙りこんだ私を放って、先輩はいきなりそんなことを問うてきた。