ここで息をする
もちろんそれは呆れた意味でだったけど……ほんの少しだけ、羨ましい気持ちも混ざっていた。
今まさに自分は先輩のわがままに悩まされているのに、自分にはないがむしゃらさをいいなと思ってしまったんだ。
もしも先輩みたいに一途に好きなことに向き合えていたら……私も、あの水の世界を手放さずに済んだのかな。
どんなに息苦しいつらい世界になってしまっても、好きだと思う気持ちだけを強く抱いていたら、逃げるという道を選ばなかっただろうか。
もしもの選択肢を考えても今更どうすることも出来ないのに、ついそんなことを考えてしまう。
そして、期待してしまう。
今からでも逃げずにあの世界に向き合ってみれば、今でも感じてしまう息苦しさを少しは和らげられるのかなって……。
賭けてみたい思いが、小さな灯をともした。
「なぁ、ほんとにやる気はねえか? やっぱりイメージ的に、俺はどうしてもおまえじゃなきゃだめなんだよ」
宣言通り、先輩は諦めたりせずにしつこく頼んでくる。まるでおもちゃを買ってもらえずに駄々をこねている子供だなと思って苦笑しつつも、それをさっきまでよりは嫌だと思わなくなっていた。
熱すぎる思いに触れた心が、徐々に傾いていく。
……一度遠ざけた、好きだった世界に向かって。
「……分かりました。やります、ヒロイン役」
遠ざけた世界にまた近付こうとしているなんて、この高校に進学することを決めたときと同じで、またいつか間違いだと思う日が来るかもしれない。
ヒロインという重大な役を引き受けた末に息苦しさを感じるだけで、いいことなんて一つもないないかもしれない。
……それでも、どうしようもないくらい引き付けられてしまった。
好きなことに向き合う先輩の決意に。そして、またあの水の世界に行けるチャンスに。