ここで息をする
Scene3 飛び込んだ世界
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「おい、波瑠。行くぞー」
映画研究部の高坂先輩にしつこく頼まれて、何だかんだの末に映画のヒロイン役を引き受けると返事をした日の2日後。
放課後を迎えた1年3組の教室に、あの高坂先輩が現れた。教室後方のドアに手をかけて、大きな声で私を呼んでいる。
周りに居たクラスメイトの好奇の視線は、先輩と私の間を忙しなく動いた。
みんなが注目したくなるのも無理はない。まだ着慣れていない夏服を身に纏う1年生の集団の中に突如現れた3年生の彼は、どことなく浮いて見えた。
程よく緩められたカッターシャツの襟元も、整った爽やかな顔に映える栗色の髪も、すべて先輩の容姿に洗練された雰囲気を纏わせている。
そんないい意味で人目を引く彼が無駄にはっきりと大きな声で私を呼ぶものだから、迷惑なことに先輩に向けられた視線はみんなの興味を背負って私にまで向けられることになったのだ。
何で先輩がここに……ていうか、行くってどこに。
いきなり名指しされた上に変に注目の的になってしまった私は、居心地が悪くなったその場で懸命に状況を脳内で整理する。その末に思い付くものは、一つしかなかった。
映画研究部で撮影する映画。高坂先輩が私を呼び出す理由は、それ関連に決まっている。
「おい、波瑠。聞こえてんのか? 早く行くぞ」
驚いて目を見開いたまま固まるだけで、先輩の言葉には無反応。そんな私に不思議そうに首を傾げながら、先輩は急かすようにちょいちょいと手招きをした。
そこでようやく金縛りから解放されたみたいに、私の身体は急速に機能し始める。
「い、今行きます!」
先輩の用件を予想して理解した私は、慌てて返事をしながらリュックサックを背中に回した。ここでいつまでも注目されているよりは、さっさとどこかへ逃げた方がいいように思えたから。