ここで息をする
「水泳を始めたのは中学からか?」
「……4歳からです。スイミングスクールに通ってたから……」
興味津々に私の話を聞こうとする先生から逃げ出したかった。今すぐ教室を飛び出して、誰も何も聞いてこられないような場所に逃げ込んでしまいたい。
今の私とは違う以前の私が無防備に曝け出されていく。見ないようにしていたものが見えてくる。それがつらくて息苦しさを感じた。
話すのをやめればいいのかもしれないけど、それさえも上手く出来ないほどに頭は冷静さを失っている。
「じゃあ、結構長いことやってるんだな。この高校にも水泳部はあるけど……入る気はなかったのか?」
どうしてそんなことを聞くの。
部活に入っていないってことは、入る気がないからに決まってるじゃん。
強制参加じゃないからとか、そんなの建前だって、先生だって薄々気付いているはず。だから気になって聞いてくるのだろうけど、考えれば分かるはずだ。
部活以外に特に何かをしているわけでもない。それはつまり、スイミングスクールにさえ今は通っていないということで……。
「……入る気なんて、あるわけないじゃないですか」
震える唇から漏れたのは、聞き慣れている普段のものよりもずっと低くて暗い声。一度開いたはずの手のひらは、いつの間にかまた硬く閉じられている。
そのことに気付いても、今度は開かなかった。むしろ力を強めて、痛みを感じるほどにぎゅうっと握り締める。
無理矢理痛みで誤魔化しておかないと、堪えられそうになかった。胸を締め付ける、この息苦しさを。
「やめたんです、水泳」
顔を上げると、ただじっとこちらを見つめている先生と目が合う。
もうそれから逃げることもせずに、自嘲の笑みを浮かべた。
「――泳いでも、楽しくないから」
息苦しくなるから、もう、泳ぎたくないんだ。