ここで息をする
Scene4 浮上クールダウン
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『“コウ”、この調子なら県大会は楽々優勝だな!』
『楽々って……そんな簡単みたいに言うなよ』
『でも、優勝は狙ってるだろ?』
『当たり前だ。去年逃して悔しかったからな、本気で勝ちに行く。そのためにはもっとタイム伸ばさないとな!』
『まだ伸ばす気かよ! おまえほんとすげーな!』
大会が近い最近は、部活の練習中にタイムを計ることが増えた。
先程100メートル自由形を泳ぎきった“コウ”は、またベストタイムを更新したようだ。部活仲間と、その話で盛り上がっている。
日々最高の泳ぎを披露し大会への強い意気込みを露にする彼を、同じ高みを目指す仲間はライバル視する一方で尊敬の眼差しを向けていた。みんなは期待のエースを囲み、称賛の言葉を浴びせている。
“私”はその輪に混ざらず少し離れた位置で見ながら、ぐっと拳を固く握り締めた。それから輪の中に居た女子部員の先輩の一人に近付き、遠慮がちに声をかける。
『先輩、200のタイム計ってもらっていいですか?』
『えっ、さっき100を泳いだばっかりだよね? 計るなら、もう少し休憩してからの方がいいんじゃない?』
『大丈夫です。もう泳げますから』
戸惑いを見せる先輩に強く言い切った末に、タイムを計ってもらうことになった。まだみんなが“コウ”の周りで盛り上がっている中、スタート台に立つ。
『Take your marks――』
――ピッ!
先輩が吹いた笛の音を合図に、水の中へと飛び込んだ。ただ速く泳ぎたい一心で、ややフォームを乱しながら無我夢中で泳いでいく。
“コウ”が水泳部のヒーローのようになっていく姿は、幼馴染みとして嬉しいし誇らしかった。
……でも彼が速くなるたび、自分とはかけ離れた存在に思えてしまう。