ここで息をする
それが寂しくて、羨ましくて、悔しくて。“私”は行き場のない気持ちを抱えながら、がむしゃらに泳ぐことしか出来なかった。
“コウ”なら簡単に縮めてしまう1秒やそのまた短いコンマ以下の時間でも、“私”にとっては死に物狂いで泳いでも追い付けないものだから。
***
「――カット!」
プールの端、8レーンで25メートルを泳ぎきって顔を上げると、高坂先輩の声が耳に届いた。
ゴーグルを外してプールサイドを見上げる。だけど光を急速に取り入れた瞳に映る光景は白く眩しくて、そばに居るであろう先輩の姿をすぐには見られなかった。
眩さに目を細めて視界が良好になるのを待つ最中、先輩が言葉を続ける。
「今のシーンはこれでオッケーだ」
「あっ、はい……」
ようやく目が慣れてきて先輩の姿を捉えられる。私が立っているすぐ横の、プールの縁の部分に屈んでいた。
今日はプールでの撮影だから動きやすいようにと、キャストだけでなく映画研究部のメンバーも全身や一部を着替えている。
高坂先輩は制服のスラックスを体操服のハーフパンツに着替えた姿だ。水辺に居ると言っても浴びている真夏の日差しには敵わないようで、暑そうに顔をしかめながらこめかみを伝う汗を手の甲で拭っていた。
だけどふと私と目を合わせると、暑さなんて物ともせずな感じの清々しい笑みを浮かべた。
「さっきの泳ぎのシーン、よかったぜ。無我夢中で泳いでるって感じがすごく伝わってきて」
「……そうですか。それならよかったです」
先輩がかけてくれた言葉。褒める意味で言ってくれたと思うけどいまいち喜べなくて、疲れた表情を隠すこともせずに素っ気なく返答した。
そりゃあ嫌になるほど何回も撮り直して泳いでいたら、早くオッケーを貰いたいがために演技でなくても自然とがむしゃらに泳ぐ羽目になりますよ、と。心の中でいじけながら。