ここで息をする
幼馴染みとの実力差に悩み、ままならない気持ちに抗うようにがむしゃらに泳ぐ――そんな、プールでのシーン。
夏休みに入って間もないとある平日の午前中、以前打ち合わせで聞いていた通り、水泳部の練習に混ぜてもらいながらそのシーンの撮影を進めていた。
“コウ”に扮する航平くんや協力してもらう水泳部の人達が出演するプールサイドでのシーンは、30分ほど前にあった水泳部の休憩時間内に先に撮り終えてある。全員が台詞や動きを間違うことなく、奇跡的に一発オッケーだった。
水泳部の人達の貴重な休憩時間を借りての撮影だっただけに、ミスもしないで滞りなく終わったのは本当によかったと思う。
……ただ、そのあとが問題だった。順調だった大勢のシーンの反動のように、終盤の一人で泳ぐシーンの方がとにかく悲惨すぎたのだ。
“ハル”がスタート台から飛び込み、水面に浮上した辺りでカットが変わる。そのカットチェンジしたあとの“ハル”が泳いでいるシーンは私しか映らない。
だからその私のみのカットは、休憩時間内の撮影を済ませたあと、水泳部の人達が練習を再開しているプールの端を拝借して撮ることになったのだけど……。
これが案外、大変だった。何がって、高坂先輩に指示された通りに泳ぐことが。
――「速く泳ぐな。でも、速く泳ごうと必死に泳げ」
――「あんまり綺麗なフォームで泳がない方がいいな。少し乱れたフォームの方が、下手な感じが出ていいから」
――「違う、もっと無我夢中に!」
素人演技しか出来ない私にそんな無茶な注文するんじゃないって思わず叫びたくなるほど、このシーンへの先輩の熱の入れようは凄まじかった。
ただスピードを落として泳ぐのはだめ。あくまでも、下手で泳ぐのが遅いように見せる。求められている“ハル”の泳ぎ方に一致した泳ぎが出来るようになるまでに、何度プールを往復したことだろう。