あ、あ、あ愛してる
ものすごい速度で鍵盤に指を走らせている。

「あ――」

思わず声が漏れた。

仁科副部長が早朝練習後に話していた倍速の「木枯らし」に圧倒される。

指の動きが見えなかった。

なのに、確かに和音くんの奏でるピアノの音から「木枯らし」が吹いているさまを感じ取れる。

強風に煽られ激しく舞い上がる枯れ葉や、木々が大きく揺さぶられているのが見えるようだ。

木々のさざめき、吹き荒ぶ風音まで聞こえてくる。

「すごい――」

愛美の声も膝も震えていた。

和音くんは演奏を中断し、手話で話しかけハッとして、メモ用紙を取り出し書きつけ、あたしに差し出す。

――指を暖めてた、パートメンバーが揃ったところから歌って

愛美は課題曲の演奏を始めた和音くんの指を真剣な眼差しで見つめる。

コーラス部員が上履きの音を慌ただしく鳴らし、音楽室になだれこむ。
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