【続】興味があるなら恋をしよう
課長はあの日から私の事を下の名前で呼ぶようになった。家では勿論、会社でも。
と言っても、会社では一緒に休憩を取っている時や少し至近距離で話をする時に断定してだ。
休憩時間に誘われる事も多くなった。
決まった時間からとはいえ、課長の休憩は仕事で左右される事が多い。だから、そんなに多く無いとも言えた。
販売機でブラックのボタンを押す度、何も企んだりしないと課長が言っていた事を思い出した。
改めて考えてみれば、一杯分に相当する対価って何なんだろう。
んー、だけどそれが、例えば一年分とかに纏まって終ったら、かなりの額、奢って貰った事になるのよね。だとしたら、その場の一杯とはいえ、当たり前のように奢られてはいけない気がした。
「お、紬、居た居た。待っただろ?」
「いいえ、今来たところです。ブラックでいいですか?暑いから、アイスにしますか?」
「ん〜、そうだなぁ、そうしようかな」
課長が小銭入れを出そうとしたのを手で遮った。
「あ、私が。……コーヒーの一杯くらいで、何も企んだりしませんから」
「ん?ハハ。……紬…。いや、紬の方からなら、何を企んで貰っても俺は大いに構わないぞ?」
「課長…そんな〜。何も、企んだりしませんから。たまには奢らせてくださいって事です。
はい、…どうぞ」
「な〜んだ。つまらんな。俺ならキスくらい貰っとくけどな?」
…例えばそれが…一杯分の対価。
「えー、それって…。逆の時は、いつも、…課長はそんな事を考えていた、企んでいたって事ですか?」
「ん?…いや。あの時は、そんな事は考えてもいない。単純な奢りだ。本当だぞ?」
椅子に座り一口飲み、テーブルに置いた。
「ふぅ、落ち着く…」
あ、えっ?…珍しい。
休憩時間に他の人と被らないなんて事も。
大抵は誰か居るものなのだ。今は課長と二人きりだ。だから、こんな事に…。
申し訳程度のテーブルにコーヒーを置くと、課長は私を腕の中に収めた。
「だけど、ドキドキするなぁ。…悪い事してるって感じが、物凄〜くする」
そう長くは無かったが、いきなりの事も併せて、私もドキドキした。
「…はい。課長?今日は何が食べたいですか?」
…。
「…」
身体を少し離して顔をジッと見られた。手を握られた。…、あ。
「は、は、春巻なんてどうです?」
…。
「うん。…いいよ」
何となく…、課長が口にしたい言葉が解った気がしたから、慌てて先に話し掛けた。
あの日から、私達はまた何もしないでいたから。
そう、きっと…、そろそろ、食べたい、と言われるんじゃないかと思った。