【続】興味があるなら恋をしよう
ノンアルコールのビールが運ばれて来た。
そんなに飲む気もないのにピッチャーに入った物が置かれた。
予め注がれていたグラスを受け取って、半分程、胃に流し入れた。
課長はゆっくりと一口飲んだ。
「ノンアルコールのビールと言えばな、本物が出されて参った事があったよ」
課長が今少しだけ口に含んだのは、確認の為だったのかも知れない。
「藍原とご飯を食べに行った時、間違って出されたとも知らず、ほぼ一気に飲み干して終ったんだ。だから、今日みたいに車だったんだけど、帰りは藍原に運転して貰ったんだよ」
「へぇ。それは何とも災難でしたね」
…知らなかった。というか、藍原に関する事を何でも知ってる訳じゃないから当たり前だけど。
災難か…。
課長はそうでも無かったかも知れないな。案外、ラッキーだと思ったかも知れない。
俺なら家まで送って貰って、そのまま部屋に上げて…。
…いやいや。
…。
その前に少しどこかにドライブに行ったかも知れないな。
ちょっと涼みに行かないかって。
少しでも、長く一緒にいられるし。それで、やっぱ、キスくらいはしちゃうだろうな。
…部屋、隣だから、…設定上無い話か。
店が遠いなら、電車に乗って、仲良く歩いて帰って来ればいいだけだ…。
…。
「その後がまた…災難だった。…長い災難だ」
あ…、まずい…何を…妄想している場合か。藍原という名前を聞くだけで、これだ。
えっと…、何です?
なんて、内容を聞ける事ではない事は確かだ。
それは、藍原が幾度と苦しい顔をする元になった事に違いないだろうから。
…。
「坂本」
「ぁ、はい」
「今日から一緒に暮らすぞ」
グッ。
「俺とですか?」
真顔でボケてやった。…ボケずにいられるか。こんな事、まともに受け止められるか…。
「は?…おい。俺と、あ、い、は、ら、だ。…坂本の訳がないだろ…。
荷物は今朝、俺が行って運び出した」
…グッ。
「解ってます。そうですか」
とうとうこの日が来たか。
今朝、隣の部屋に人が来た事は解っていた。殆ど物音なんてしなかった。
日曜の、いつもの俺なら、爆睡中で気が付かなかっただろう。
だけど今朝は…昨夜から…尾を引いていた俺は眠れなかった。
グズグズと起きていた。
部屋に来たのは藍原ではないと思った。昨日の今日でここに来る事はまず無い。
…来られないだろう。
逆に藍原なら、暫く課長とは会わないつもりで、昨夜から居るだろう。
昨夜俺が部屋に戻った後、課長は直ぐ来たのだろう。
少し玄関の辺りでバタつくような音が聞こえた。
無責任な俺の行為のせいで、藍原が責められてやしないかと心配になった。
幸い大きな声は聞こえて来なかった。だからといっていい訳ではない。静かにだってもめる…。
しっかりしといてくれと言い残しても、あの様子では簡単にバレてしまっただろうから。…酷いよな、俺って。最低だ。あんな危険なタイミングで…。いっその事、俺の部屋に連れ戻して居たら…。
はぁ…どちらにしても課長が来ていただろう。藍原が部屋に居ないとなれば、俺の部屋を訪問しただろうから。