ハロー、マイセクレタリー!
Ⅰ、普通か特別か

「奏(かなで)、いつものお願い」

いつでも自信たっぷりのその顔を、今日も扉の隙間から覗かせて、君は僕の名前を呼ぶ。

それでいて、とても愛らしいこの顔の主は、僕のことを迷うことなく部屋の奥へと招き入れた。
物心ついたときから一緒にいたせいで、もうすっかり見慣れてしまったかと思えばそうでもない。
美しく整った顔で、彼女が無邪気に微笑む度に、僕の胸はあり得ないほどにざわついていた。

「お願い、早くしてー。間に合わなくなっちゃう」

そう言って彼女は、僕をバスルームの脇にあるドレッサーの前へと促す。
彼女はドレッサーのスツールに腰掛けると、僕の目の前にその艶のある美しい髪をおろした。

「お団子でいいの?それとも、今日はポニーテールにする?」

僕が溜息交じりに尋ねると、君は無邪気に「ツインテール!」と答える。
慣れた手つきで耳の高さで二つに結んでから軽く外側へと広げる。毛先にボリュームを出すためにアイロンで巻いてからほんの少しヘアスプレーを振りかけた。
彼女の髪を僕が結うのは、すっかり二人の朝の習慣になってしまっている。

「ほら、出来た。早く行くよ」

我ながら、今日もいい出来だと思う。
やはり、血は争えないのか。美容師の母譲りの器用な手先は、今日も僕自身の意思とは逆に、彼女の美しさを引き立たせてしまう。
僕はこれ以上、彼女に見惚れる男を増やしたくないというのに。

「ありがとう」

彼女がいつものように、上目遣いで微笑んでお礼を言う。また僕の胸は音を立てた。
そんなことには全く気が付いていない君は、いつものように制服の上着を羽織り、頭にちょこんと帽子を乗せると、ランドセルを背負ってから、慌ただしく部屋を出る。僕は小さな溜息をついてから、彼女を追った。
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