ハロー、マイセクレタリー!
「気のせいじゃないわよ」
僅かに口角を上げて微笑んだ彼女の指先は僕の下駄箱を指さしていた。
白地に青のラインが入った学校指定の上履きの上に、そっと置かれた白い封筒。
手に取れば、分かりやすくハートのシールで封がしてあり、女子特有の丸みを帯びた字で「大木君へ」と宛名が書かれていた。それが意図するものが何なのか、分からないほど僕も初心ではない。
困ったように肩をすくめた僕を、彼女は口角を思い切り上げた極上の笑顔で茶化す。
「モテる男は辛いわね」
「結衣子だけには言われたくないよ」
「私は、ラブレターなんてもらったことないもの」
「恐れ多くて、みんな出せないだけだよ」
そう切り返した言葉はそのまま、僕の心へも突き刺さる。
現首相の愛娘と、二人きりで登校するだけでもおこがましいと感じるくらいだ。まして、軽々しく告白することなど許されるはずもない。
僕がどれだけ彼女を想っていても、所詮家来と姫では叶わぬ恋だ。
「ま、私にはどうでもいいけど。まだ、誰かを好きとか、そんなのよく分からないし。突然告白されても困るだけ」
そう言い残して、上履きを履いてスタスタと歩き始める彼女を目で追いながら、僕は心の中だけで大きく溜息をついた。
この美しい姫君は、まだ恋に目覚めていないらしい。もちろん、僕のことも単なる幼なじみ以上に意識したことすらないだろう。
僕は本当に厄介な相手を好きになってしまった。
彼女が廊下の真ん中で不審そうにこちらを振り返るまで、僕は下駄箱の前から一歩も動けなかった。