ハロー、マイセクレタリー!
「いいさ、何も君から聞き出さなくたって。他にもいくつか確証があるんだ。君のお母さんと青田がただならぬ関係だったのは間違いない」
結婚前、有名芸能人のヘアメイクも担当していたことのある母さんなら、青田と接点があっても不思議ではない。それなりの“謝礼”をちらつかせれば、いくつかの証言も得られるのだろう。
それでも、僕のところにわざわざ話を聞きに来るくらいなのだから、どれもスクープ記事を書くには不完全な情報に違いない。
「……勝手にしてください」
「君が協力してくれれば、君のお母さんに同情的な記事にするよ」
「何を言われても、あなたにお話することはありません」
「君の写真だって、こんな隠し撮りじゃなくて、もっと格好良く撮ってあげられる」
「結構です!!」
勝手に書きたければ書けばいい。周りがどんなに騒ぎ立てても、僕と母さんが絶対に認めなければ済む話だ。
ようやくやって来たバスを遠目に確認して、威勢良く拒絶の言葉を口にする。
しかし、僕を引き留めるように差し出された一枚の写真が、僕をそのままバスに乗せてはくれなかった。
「この写真……」
慌ててその写真を取ろうとしたところを、男に手を引っ込められて、僕の手は空を切った。
「いい反応だね。このまま君が協力してくれないなら、この写真を使う。見る人が見れば、隣に並んでるのが誰か一目で分かるだろうな」
高柳家近くの路地を並んで歩く二人の小学生。一人は僕で、もう一人は結衣子だった。不運なことにカメラがとらえたのは、眉間に皺を寄せてふくれっ面で歩く彼女。間違いなく、三日前の朝のあの一瞬を隠し撮りしたものだ。
「大人を舐めちゃいけない。大物政治家も、人気俳優も、生意気な小学生でも。どんな人間も必ず弱点があるものさ」
その言葉に、僕は思わず目の前の男を睨み付ける。
「そんなに怖い顔をしなくても、この写真はデータごと君にあげるよ。ただし、おじさんの言うことを聞いてくれたらね」
情けないことに、急所を突かれた僕は、目の前で得意げに笑う男に屈するほかなかった。結衣子の不機嫌な表情を捉えたこの写真にどのくらいの価値があるかなんて、そもそもこの男は理解していないかもしれない。それでも、あの結衣子の素顔だけは、どうしても大勢の人の目に晒すことはできない。
彼女が僕だけに見せる秘密を、僕は必死に守りたかったのだ。