ハロー、マイセクレタリー!
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人参を目の前にぶら下げられた馬のようだなと、エレベーターの中、鏡に映った自分を見て思った。
フリーライターの斉藤に指定された通りに、市内にあるホテルの一室を尋ねたのは、学校が休みの日曜の朝だった。
仕事でここ数日帰宅していない父さんはもちろんのこと、母さんにも何も話をしていない。時生の家で一緒に宿題をすると言って、素知らぬ顔で家を出た。念のため、時生には事情は伏せたまま、アリバイ工作を頼んでおいた。
普通であれば、小学生が一人でこんな場所をウロウロしていたら悪目立ちしそうなものだが、この顔のお陰で私服姿の僕は誰にも呼び止められることもなく、指定された部屋に辿り着いた。
『クラウン・イン 502号室』
部屋番号を確認してチャイムを鳴らした。
しばらくして、カチャリと音がすると同時に扉が開く。
「待ってたよ。さあ、入って」
上機嫌の斉藤に招き入れられる。特にこれと言って特徴のない、ビジネスホテルのツインルームだ。入口の扉から狭い廊下を通った先には、奥の開けたスペースにベッドが二台置かれていた。
控えめな窓から降り注ぐ自然光のみで照らされた室内に、僕と斉藤以外にもう一人誰かが居ることを知ったのは、奥のスペースに足を踏み入れてからだった。
「来たのか?俺の息子が」
ベッドに足を組んで腰掛けていた男は、そう尋ねながらこちらを振り向いた。男の視線は呼びかけた斉藤にではなく、真っ先に僕に向けられた。
僕は思わず、息を飲んだ。
「ふっ、俺によく似てるな。まさか、本当に瞳が俺の子どもを産んでるとはな」
色気たっぷりに微笑んだ男は、まるで何かを懐かしむように僕の顔を眺めた。それと同時に、僕も男の顔をまじまじと見つめる。
彫りの深い顔立ち。
二重瞼に薄い唇。
栗色の緩くウェーブした髪。
僕と全く同じだ。
ただ顔が似ているというだけでなく、二人の根底に同じものが流れているのを感じる。血が繋がった親子というものは、一目会っただけで通じ合うものがあるのだろうか。
「よう、息子。名前はなんて言うんだ?」
僕の生物学上の父親だと思われる男は、そう言って僕を手招きした。