ハロー、マイセクレタリー!
父さんのその言葉が嬉しくて、僕は即座に頷いた。父さんは僕に頷き返すと、ようやく車のエンジンをかける。
「血が繋がっているだけじゃ、親子にはなれない」
運転中、視線を前方に向けたまま、父さんが呟く。
幼い頃から、父さんは天涯孤独だと聞かされていた。つまりは、血の繋がった親戚が誰もいないということだ。
実際に、僕は父さんの親戚だという人に会ったことはない。だから、勝手に父さんの両親(僕から見ればおじいちゃんとおばあちゃんだ)はもうこの世にいないのだと思っていた。
でも、本当のところは違うらしい。
おじいちゃんもおばあちゃんも生きてはいるらしいけれど、事情があって会えないのだと、時折、親切そうな顔で教えてくれる人がいる。
父さんが生まれ育ったこの街には、僕の知らない父さんを知っている人が沢山いるらしい。
本当に親切な人は、たとえ事情を知っていても「あなたのお父さんは、昔、谷崎という名前でね…」だなんて、本人も普段絶対に口にしないような事情を安易に話したりしないものだと思うのだけれど。
何があったのかは、知らない。(親切な大人達もそこまでは知らなかったらしい)
でも、父さんが血の繋がった両親と、親子になれなかった、ということだけは知っている。
「俺は、お前の父親になれて、本当に良かったと思ってる」
「うん、ありがとう」
「礼を言うのは、俺の方だ」
父さんは、静かにもういちど呟いた。
「奏、ありがとう」
僕も父さんの子どもで良かったと思ったけれど、涙が溢れて言葉には出来なかった。
その代わり、僕は前を向いて大きく何度も頷いた。