ハロー、マイセクレタリー!
僕たちが目的地に着いた時、結依子は首相公邸の玄関前に、堂々と立っていた。
手には、お弁当箱らしき風呂敷包み。
顔は、一目でわかるほどの上機嫌。
どうやら、交渉は上手くいったらしい。
「透君、おつかれさまー」
最初は運転席の父さんに気が付いて、笑顔で手を振る。そして、すぐに助手席の僕に気が付いて目を丸くした。
「奏!どうしてここに?」
「話は中で詳しく。結依子お嬢様はもう一度中にお入りいただけますか?」
父さんは慣れたように車を止めて、出てきたスタッフに指示を出す。
一度仕事に戻るという父さんと別れ、僕たちふたりは首相公邸の談話室に通された。と言っても、国賓が通されるような豪華絢爛な応接室ではない。実務者で打ち合わせをしたり、首相がプライベートの客を招いたりするようなカジュアルな小部屋だ。
「結依子はさ、よく来るの?ここ」
「あー、まあ何回かは来たことはあるよ。たまに家族ぐるみで会いたいってリクエストしてくるお客さんがいるから」
「そう。一人でくるのは?」
「…初めてかな。いくら、お父さんが住んるって言っても、簡単に訪ねられるような家じゃないから。お母さんはちょくちょく来てるみたいだけど」
軽々しくお客さんと言っているが、首相公邸に招かれるなど、どこかの国王か、よほどのVIPに違いない。
首相の執務の拠点である首相官邸は、閣議や記者会見など、テレビで目にする機会も多い。
その官邸の隣には首相が生活をする首相公邸があり、緊急時に素早く対応するために、二つの建物は簡単に往来ができるように繋がっている。
征太郎君は首相就任時に、家族と住んでいた高柳家の本宅から、一人この公邸へと移り住んだ。公邸の扱いについてはある程度の自由が許されていて、家族全員で住む首相もいれば、公邸には入居せず自宅から官邸に通う首相もいる。征太郎君は、危機管理上の利点と、まだ幼い子どもの生活を考慮して、単身赴任という選択をしたのだ。
一国の総理大臣ともなれば、多忙を極めるのはもちろんのこと。いくら官邸と別棟でも、やはり24時間心は休まらないだろう。
そんな征太郎君を気遣って、真依子ちゃんは手料理片手に頻繁にここへ通っているらしい。それも主に、子ども達が学校へ行っている間や、寝静まってからの時間だから、結依子が公邸にプライベートでやってくるのはほぼ初めてなのだろう。