ハロー、マイセクレタリー!

コンコンとノックする音が部屋に響いて、扉の間から父さんが顔を覗かせる。

「さすがにお取り込み中ってことは、なかったか」
「…そんなわけないでしょ」
「年頃の男女を個室に二人っきりにしたら、普通何か起きるだろう」
「…いい加減にしてよ」
「どうやら、我が息子は奥手らしい」
「普通だし!」

父さんの完全に悪ノリした問い掛けに、呆れつつも一応受け答えをする。父さんは、否定しつつも動揺している僕を満足そうに眺めて、必死に笑いを堪えている。
先ほど車中で真剣な話をしたのと同じ人物だとは到底思えないが、僕にとってはこちらの父さんの方がデフォルトだ。
「透君、どうして奏も連れてきたのよ」
「奏がどうしても付いてくると言うので。理由は本人からゆっくり聞いてください」

笑いを堪えながらも、結依子に対しては真面目な秘書モードで答える。結依子も今頃になってようやくその点が引っ掛かったのか、あからさまに眉間に皺を寄せた。

「それは、分かったけど。今日の透君、ちょっと他人行儀すぎない?」
「仕事中ですから、結依子様。いくら私でも仕えている先生の大切なお嬢様に対して、フランクに話し掛けることはありませんよ」
「嘘、お父さんとは仕事中でも普通に話してるじゃない」
「それは、あくまで、人目につかない時だけです。ここでは誰に会話を聞かれるか分かりません」
「私は別に気にしないわよ」
「これからは気にしてください。結依子様が少しでも後継者になられるおつもりがあるのなら」

父さんが丁寧な言葉遣いとは裏腹に、挑発的な視線を送る。勝ち気な姫君はすぐにその挑発に乗り、父さんをにっこりと微笑み返した。結依子お得意の、絶対に崩れない鉄壁の外面だ。

「そうね、これからは少しは気にするわ。でも、そうなればいいなとは思っているけれど、どうなるかは誰にも分からないわ。ただ、私はもうずっと前から政治家になるって決めてる。それは、跡継ぎの問題とは関係なく、私がただ決めてるだけよ」
「てっきり、自分を跡継ぎに指名してくれという直談判だと思いましたが?」
「もしかして、今度生まれてくる弟はお父さん以上の逸材かもしれないわよ。実依子だって、大きくなって才能が開花するかも。もちろん私も最大限に努力するつもりだけど。だから、今日はお父さんに少しだけお願いをしただけ」
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