ハロー、マイセクレタリー!

にっこりと微笑んだまま、表情を崩すことなく、結依子は朗々と語った。無邪気な子どもの発言のようだが、彼女なりの強い決意が所々に表れている。
その彼女渾身の“お願い”の内容は何かと気になったところで、呆れたように軽く息を吐き出しながら、父さんが口を開いた。

「……親子で揃いも揃って、真面目かよ」
「そう?お父さんに似てる?そう言われるのは、嬉しいけど」

途端に馬鹿らしくなったのか、父さんはあっという間に秘書の仮面を脱ぎ捨てた。その豹変ぶりに僕は吹き出しそうになるが、結依子は微笑みを崩さぬまま、父さんに問い掛けた。

「ああ、そっくりだな。後継者を決めるのは、皆が大人になってからにしてくれなんて。そんなことわざわざ律儀に言いに来るところとか」
「ごめんなさい、忙しいのは分かってたんだけど……どうしても早く話したかったの。赤ちゃんも、生まれる前から周囲にプレッシャーを掛けられるの可哀想だもの」

自分の主張を通すために、それと同時に新しく生まれてくる可愛い弟を守るために、結依子は今日一人で父親の元にやって来たのだ。
高柳家の長子として、生まれてからずっと周囲から期待の眼差しを向けられ続けた彼女は、その待遇とともに与えられる重圧もよく知っているのだ。女の結依子でさえ苦しく感じるほどなのだから、長男ともなればその重みは相当なものだろう。

「あと、公私の区別をはっきり付けて、公邸で弁当抱えてじっと待ってるとことか」
「いくら娘だからって、官邸に乗り込んで行くわけにはいかないわよ。でも、透君にアドバイスもらえて助かったわ。お母さんのお弁当持ってなかったら会ってもらえなかったかも」
「まんまと釣られたな。あいつは仕事以外には真依子ちゃんにしか興味が無いから、行動を読むのは簡単だ」

電話で父さんの言った“最高のエサ”の意味に気が付いて、僕は笑いを噛み殺す。
父さんは征太郎君のことを誰よりも理解している忠実な秘書だけど、密かに誰よりも征太郎をおちょくって遊んでいる。

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