ハロー、マイセクレタリー!
「実依子はともかく、周太郎にまであんな冗談を言うのはやめて。ただでさえ、多感な年頃なのに」
大急ぎで用意を済ませ、二人揃って高柳家の玄関を出る。昔と変わらぬように、バス停まで肩を並べて歩いた。道すがら、さっきの会話を思いだしたように、結依子が僕に抗議する。僕は軽く笑いながらも、真面目に返事をした。
「あのくらい何てことはないよ。むしろ健全な男子なら、頭の中でエロいことばっかり考えてるのが普通さ」
「………そうなの?もしかして、奏も?」
「それ、言わせるの?もちろん、頭の中で散々結依子といやらしいことしてたけど?」
「ちょっ………やめてよ!」
「結依子が言えって言ったんだよ。もっと詳しく聞く?」
「もういい!そんなこと、言ってないわよ!!」
途端に顔を真っ赤に染めて、逃げ出す姿はずっと変わらない。
「むしろ、想像するだけで我慢したことを褒めて欲しいな」
「褒めるわけないでしょ」
「じゃあ、実行してほしかった?」
半分は冗談、半分は本気だ。
微笑んで首を傾げる僕の前で、赤面したまま絶句する結依子を促して、バスに乗り込んだ。
「結依子先生、いいですか?礼儀正しく、謙虚に、ですよ?」
「はいはい、大川さん、分かってます」
「分かっていても、中々出来ないものです。特に最初ほど…………」
予定通りに辿り着いた事務所では、すでに大川さんが支援者と共に待ち構えていた。すでに秘書の職からは勇退しているが、僕たちのことはいつまでも心配らしい。時々こうして支援者に混じって事務所に顔を出す。
僕たちに対する実の孫のような扱いは、大人になっても変わらない。長く続く小言とともに、向けられるのはとびきり優しい眼差しだ。
「行ってきます」
結依子は、深く深く頭を下げてから、事務所を後にする。
僕は県庁近くに用事があるからと、もっともらしい言い訳をして、途中まで一緒に行くことにする。
本当は、心配で居ても立ってもいられない。大川さんは、そんな僕の思惑を感じ取ったのか「しっかりな」と僕の肩を押して送り出してくれた。